旭市防災資料館に学ぶ

 本日は、一昨日までのチョーシ探訪ネタの番外篇。東日本大震災が発生した2011年3月11日の夕方になってから津波で甚大な被害を被ったにも関わらず、当時は原発事故などの陰に隠れてしまい、ほとんど報道されていなかった九十九里浜最東端に位置する旭市(旧飯岡町)の防災資料館を見学した模様をお送りいたします。

当時も余り報道されませんでしたが、旭市は東日本大震災の津波による被災地。
この場所も、水深160センチまで浸かってしまったと云う・・・
止まった時計は・・・
ほぼ津波が襲ってきた時刻を刻んだまま。
ソレこそが、飯岡地区に於ける「忘れじの時」なんです。
御案内くださったMさんは、実際津波に流されて生還したという強運の持ち主。
御自宅が第一波を被って、後片付けをしてたら第三波で流されたのだそう。
「海がそのまま時間差で移動してくるイメージなんです」とはMさんの言。
チリ大地震(1960年)発生時に小学5年生だったと仰る御年齢。
同じ九十九里浜の中でも、とりわけ旭市の被害が甚大だったのは・・・
色々と複合的な原因に拠るものらしいのです。
ひとつには、小さな湾となっていたところが一因。
そして津波は、水深が深いホドに超速となると云う・・・知らなかった。
過酷だった避難所での不便な暮らし・・・
ホントにスタイロフォームで囲ったダケの住環境だったんだそうです。
「津波は何時襲いくるか、本当に分からないんで、ドナタも無関係ではありません」
とにかく、発見してからでは逃げ切るのは至難と知るべし。
ちばてつや先生「おれは鉄兵」の直筆カラー色紙や・・・
森田拳次先生の・・・
「丸出ダメ男」の直筆も・・・コレが「ダメ男の集い」のネーミング由来なのヨ。
プロ野球にクワガタないんですが、千葉ロッテマリーンズの選手が慰問。
「杉良太郎と仲間たち」ってダレ?・・・達筆過ぎて読めねぇ(泣笑)。
現在の上皇陛下御夫妻も、被災地を慰問されました。
実際、この九十九里浜沿いに点在する建物の隣には・・・
こういった緊急避難用のヤグラが多数設置してあるのです。ヒトゴト扱いはダメよ。

 ↑おそらくは、現在旭市の嘱託職員なのであろうMさんは、まさに津波の生き字引。失礼ながら御高齢であるにも関わらず、大画面パソコンボードを的確に駆使して分かり易く御説明頂きました。御自身の体験から繰り出される「津波からどのようにして逃れるべきなのか」と云った逸話の数々からは感銘を受けるとともに、犠牲となられた方々に想いを馳せました。今日の無事は決してアタリマエでは無いと云うコトを、あらためて思い知らされた50分間でした。関東では、ココまで充実した内容を持つ震災系資料館はホカに無いようです。機会があれば、ぜひ皆さんもお越しになってみてくださいね。

 それじゃー、また明日。

-------
愛車を御手放しになりたい方は、コチラ:車輛売却時にも、当店に持ってくるのが結局ラクでお得ヨ。マセラティじゃなくてもね。をどうぞ。

-------
マセラティでイッてみよう!Part2・Part3・V3(ヴイすりゃ~)・ア~マ~ゾ~ン(笑)!!・ストロンガーぁぁぁ!!を通したすべての過去記事への一気到達用ページへはコチラ:マセラティでイッてみよう! 過去記事月別アーカイブ(ストロンガーぁぁぁ!!版)からどうぞ(移動時間や昼休み、会議の合間のヒマつぶしにも最適ヨ!)

“旭市防災資料館に学ぶ” への7件の返信

  1. 約30年前、広域農道からの少し入った「旭市イ」に住んでいた私ですが、まさかこの東日本大震災の際に八日市場にある工場勤務社員が飯岡、旭に住んでおり津波被災され、会社として災害見舞金支給を承認するとは思ってもみなかったです。

    最近、色々な面で「語り部」の大切さを痛感しております。

    1. 連投すみません。
      天皇皇后両陛下が被災地を最初に訪問されたのが旭、飯岡であり感涙に耽りました。

  2. 未曽有の大災害発生時には、何かと見過ごされがちな事も多々あり。
    旭市もそうだったのですね。
    災害を教訓に学ばねば。

    本日、休暇を取得し静岡市出発am4:30、稲毛区役所到着am9:00。
    除票入手後、一路、川崎市へ。
    お昼前に区役所で除票を入手後、浜寿司さんで明日の接待の打ち合わせ。
    また、電話でいろいろと指令を受け。
    帰宅したのが19:00。
    明日の決戦に備えて、もう寝ます。

  3. すぐそばの蓮沼近辺は難を逃れました。
    海中の地形に依るのでしょう。

    祖母が南紀出身で東南海地震の津波の話をよく聞かせてくれました。

  4. 旭市防災資料館、大変参考になりました。
    津波は、水深が深いホドに超速となると云う・・・ワタシも知らなかったです。
    機会があれば訪れてみたい場所です。

  5. 今こうして生活できていることに、あらためて感謝をします。人の優しさがわかりますね。

  6. 後出しコメント:津波の恐ろしさは想像以上ですね。旭市がそんな被害にあっているとは知りませんでした。語り部の存在は重要です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です